中小企業オーナーのための 失敗しない会社売却

business, growth

1. M&A市況

アベノミクスの効果からか、昨年から今年にかけて、国内におけるM&Aは活況となっています。 特に、国内企業間のM&Aについては、後継者不在の問題から、中小企業のオーナー経営者が事業承継の手段としてM&Aを選択する事案が非常に増えています。 統計データとしても、右記表のように、特に中小企業における後継者不在の問題が深刻な状況にあることが分かると思います。
私が、過去多くのM&A事案にかかわり、特に売り手側のアドバイザリーとして関与する中で、M&Aが成立する場合や途中で頓挫する場合など、多くのケースに携わってきた知見から、アドバイザーの立場でM&Aの際に留意すべき事項をお話したいと思います。

vol06_04_01

後継者不在企業の実態(出典:TDB)

  • 国内企業の2/3にあたる企業65.9%が後継者不在という実態
  • 「売上規模10億未満」の中~小企業・零細企業の7割が後継者不在
  • 後継者不在でも企業価値が高いのは、売上10億規模の中小企業
  • 関東以外の地方圏で、企業価値の高い後継者不在企業が多くみられる

2. 会社の価値とブランドの価値

M&Aの事案の際に、売り手側企業の多くのオーナー社長が「当社のブランド価値を評価して欲しい」と言います。 ここでいうブランド価値とは、会社や商品・サービスの知名度・認知度、ノウハウ、社歴の長さなど、その価値の定量化が難しいものを指す場合が多くあります。 確かに必ずしも目に見える業績数値だけがその会社の価値を計るものではないですが、企業の収益性、成長性の実態を把握し、買い手が評価するに際しては、客観的な価値尺度として財務数値をベースに検討せざるを得ないというのが現実です。 また、オーナー社長がブランド価値の評価を主張するケースほど、直近の会社業績が芳しくなく、それが故に会社業績以外の、「ブランド」という抽象的なモノサシを出してくると言えます。

では、真のブランド価値のとはなんでしょうか。 私は、あくまで会社・事業の成長可能性の源泉となるものであり、他社との優位性や独自のノウハウ、自社の人材をもとに、会社・事業を持続的に成長させるためにオーナー社長自らが描く具体的な道筋と戦略によって具現化(表現)させるものと考えます。 確かに、M&Aの買い手が、生産・製造機能や工場・倉庫などの設備、そして販路など、特定の機能を欲してM&Aを検討することもあると思います。 しかしながら、売り手のオーナーとして、買い手から高い価値評価を受けるためには、会社の成長性をきちんと説明できることが非常に重要となります。 私が実際に担当した事業承継M&A事案ですが、その企画力が20代女性に多くの支持を受け、高い製造技術(ノウハウ)を持ったアパレル企業がありました。 ここ数年で販路も独自で開拓し、直営の店舗も順調に推移してきました。 ただ、中小企業としての資金力の限界やオーナー社長自身が高齢ということもあり、後継者不在の中で、M&Aによる事業承継を考えるタイミングにありました。 この会社のケースにおいては、店舗開発力と資金力に優れた大手の小売りアパレル企業が買い手候補として望ましいと考え、その成長戦略と適合する会社とのM&Aを実現させました。

会社売却の成功のポイントは、売り手側のオーナー社長が、自社の強みがどこにあるのか、どのような相手と組めば会社がより成長するのかの仮説を持って会社・事業の売却を検討することで、より自社を高く評価してくれる相手とのM&Aの成否が決まるのです。 そのためには、自社の強みを的確に把握し、将来の成長戦略についても事業計画というかたちで描いておくことが有用です。

3. 売り手として留意すべきポイント

前節では、M&Aを成功させる最も重要なポイントとして、会社・事業の持続的な成長に関して、道筋を考え、具体的な戦略を持つことの重要性と、自社の強みを理解したうえでその成長性を加速させる相手選びが重要であるということを説明しました。
ただし、自社の事業の収益性と成長性を適切に相手に理解してもらうためには、次頁の事項に留意する必要があります。

企業価値に直接的な影響を与える項目

1. 財務的要素

1. 個人商店からの脱却~個人のお財布との混同~
中小企業に多くみられるケースとして、オーナー社長個人で使用している車や船舶、リゾート倶楽部などの会員権などが会社で所有されており、買い手による財務調査時に問題となることがあります。その他にも接待交際費や旅費交通費の公私混同など、会社の売却を検討する際には事前に整理し、所有と経営を分離する観点で健全な経営を行うことが重要となります。

2. 在庫評価
多くのM&A事案において、特に卸・小売り機能をもつ中小企業のM&Aにおいて問題となるのが在庫評価です。 実地棚卸をしていない、もしくは税務上認められた売価還元法による簡便的な在庫評価を行っているケースが多く、適正な収益性が見えづらく、場合によっては粉飾に近い事案も多く見受けられます。 毎期実地棚卸を行うこと、滞留在庫についても評価切り下げ等、適切な評価と会計処理を行うことが重要となります。

3. 売掛債権、 経営者貸付・立替金
在庫評価と並んで、企業価値評価に影響を与える可能性があるのが、売掛金等の評価です。 得意先への債権に関する滞留状況などは適切に債権の評価に反映させる必要があります。 また、経営者個人のお財布と会社の財産が混在するケースでは、経営者への貸付金・立替金などが長年に渡り積みあがっている場合も多く見受けられ、それは会社の売却時に精算対象(売却金額との相殺)となることも考えられるので、事前の整理しておくことが重要です。

4. 簿外債務
従業員退職金や役員退職慰労金の制度があるにも関わらず、会計上適切に処理していない場合や、会社が契約主体の生命保険に関する契約者貸付の資金の授受が簿外処理されている場合など、簿外の債務は企業価値評価にマイナスの影響を与えることがありますので、注意すべき論点の1つです。

2. 労務関係

従業員の時間外労働に関する未払いや割増賃金の未払い、社会保険・労働保険の未加入の状況などは、買い手側による専門家の調査時において発覚し問題になるケースが多く、企業価値評価に与える影響は無視できません。この点についても、事前にきちんとした対応を図ることが重要です。

企業価値に間接的に影響を与える項目

また、前述の財務数値に影響を与える事項以外にも、適正な企業価値を計るうえでは次のことにも留意する必要があります。

3. 権利関係・法律関係

自社が事業運営を遂行するために必要となる監督官庁からの許認可取得の状況や、自社が有する特許権・商標権の取得状況・更新状況も事前に確認のうえ十分な対応を図っておくことも重要です。 特に特許権・商標権など、地域的限定(海外での取得状況)や期限があるものついては、適切な申請・取得の状況、更新の状況に注意を払い適切な権利関係を維持することは、企業価値評価以前にM&Aに関する契約の前提条件として、非常に重要です。 また、自社の建物・工場が建築基準法を含めた関連法規に準拠しているか、重要な法律違反がないかについても、買い手側が重視するポイントの1つです。

4. その他

その他製造工場などを持つ場合には、土壌汚染への影響、設備等の老朽化における修繕の必要性、借地権の期日を起因とした将来的な移転可能性などは、買い手による企業価値評価に影響を与える要素ですので、事前に把握しておくことが望ましいといえます。 また、所轄税務署・国税による過去の調査内容や現状の税務上のリスクについても、企業価値評価に重要な影響を与える可能性があるので留意が必要です。

その他

企業オーナーにとっては、会社や事業運営以外にも、M&Aの際に個人として留意すべき事項があります。

5. EXITの方法

会社・事業の売却時の金銭の受け取り方として、オーナーとしての持ち分(株式)売却収入とするこがよいのか、退職時の退職金として受け取ることがよいのかを含め、オーナー個人としての税金の問題も具体的に検討することが重要です。

6. 売却後の関与(経営の関与と責任)

買い手側がオーナー経営者や重要な役職者に、会社売却後も継続的な関与を縛るケースや、売却後に完全に退くことを求めるケースなど、買い手が提示する条件は様々なので、会社売却後の自身の経営関与の方針は事前に決めておくことも重要です。

執筆者

白石 武士 氏

 白石武士 氏