これからの事業承継の一つの形 従業員への承継

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役員や従業員等、親族以外の人材に事業を承継することを「従業員への承継」といいます。

■1. 日本の事業承継の実態

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帝国データバンクのデータが示すように国内企業の2/3にあたる65.9%の企業で後継者が不在となっています。 少子高齢化でお子様がいらっしゃらないケースもありますが、お子様がいらっしゃっても一昔前に比べて親の後を継ぐということが当たり前ではない世の中になってきていることも大きな要因と思われます。

  • 国内企業の2/3にあたる企業65.9%が後継者不在という実態
  • 「売上規模10億未満」の中~小企業・零細企業の7割が後継者不在
  • 後継者不在でも企業価値が高いのは、売上10億規模の中小企業
  • 関東以外の地方圏で、企業価値の高い後継者不在企業が多くみられる

■2. これからの事業承継の形

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事業承継には大きく 1 親族内承継、 2 従業員承継、 3 M&Aによる他社への承継の3つがありますが、M&Aにおいても企業文化が失われてしまうことを懸念してうまく踏み切れないケースがあるように事業承継においてもM&Aでの事業承継には抵抗のある社長は少なくありません。そのため、親族内承継が難しい場合(お子様がいない、又は継がないと言っている)、M&Aよりも企業文化を理解し、社員や取引先からも信頼を得ている従業員への承継を検討したいと仰る社長が増えてきています。日本の「企業文化を大切にする特性」や「後継者がいないという事実」に照らして考えると、今後、増々従業員への承継は一般的なものになっていくと思われます。

■3. 従業員への承継における問題

従業員への承継で検討すべき課題は大きくは2つです。
1つは、どのような形で会社を引き継がせるかといった「株式(経営権)の問題」、②そして誰にどのようにして引き継がせるかといった「後継者の選定と後継者教育」です。

■4. 株式(経営権)の問題

従業員への承継においては、従業員後継者がほとんどのケースで株の買い取り資金を用意することができないこと、及び経営者となることで債務保証を負担することになるという2つの大きな問題を抱えることになります。このような場合では、オーナー家が株主として会社の財産権を保有し続ける「所有」と従業員後継者が経営者として意思決定を行う「経営」権を分離する、いわゆる「所有と経営の分離」が1つの有効な解決策として機能します。
すなわち、一般的な上場会社と同様にオーナー家(社長のご家族)が株主として配当収入等を得ながら、実質的な経営は従業員後継者に任せるという方法です。

ここでのポイントは、議決権のない無議決権株式(種類株式)の大量発行と議決権付き株式(一般的な株式)の少量発行を組み合わせ、オーナー家には無議決権株式の保有を通じて財産権(配当収入や会社財産の所有権)を残しつつ、従業員後継者には少量の議決権付き株式で一定の経営意思決定権をきちんと持たせることです。
債務保証それ自体は会社財産(内部留保)を手厚くすることで実質的な保証負担を軽減するほかありませんが、何よりも従業員後継者が保証負担することに懸念を示すのは経営権を確保することができるかどうかです。すなわち、責任と権限のバランスを保つことができるかどうかがポイントとなります。 従業員後継者からすれば、債務保証責任を負っているにも関わらず、オーナー株主(先代の社長ならまだしも会社や経営を十分に知らないそのご家族)に経営権を持たれ、安易に経営に口出しをされたり、オーナー家の一存だけで役員を解任されたりする可能性があっては債務保証責任を負う気には到底なれないということを理解してあげることが必要です。

しかし、一方で経営の全てを任せてしまうことは逆に責任と権限のバランスが崩れてしまいますので、新株発行等の特別決議に対する一定の拒否権(議決権全体の1/3)はオーナー家に残しておくことが望ましいと思います。このあたりの責任と権限のバランスについては、他にも特定の決議事項だけ拒否権を持たせたり、株式信託を活用したりと色々な手法を組み合わせることで柔軟な設計が可能ですので、会社や当事者の事情に応じた設計をご検討・ご相談ください。
そして、もちろん法的な仕組みも大変重要ですが、ここでは何よりもオーナー社長と従業員後継者の間で(場合によっては第三者を交えて)十分に話し合いの時間を取り、お互いが納得した形で将来図を描くことが非常に重要です。お互いの長い人生(特に社長のご家族と従業員後継者)に関わる意思決定となるため、何よりもお互いの信頼関係・納得感を醸成することが成功のポイントとなります。

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■5. オーナー会社特有の環境要因について

従業員への承継をご検討されている社長には後継者の選定と後継者教育に当たってオーナー会社特有の環境要因について、 まずはご理解頂きたいと思います。
大会社(上場会社)では経営者は内外から経営に適した人材を選定しますが、中堅・中小のオーナー会社では、経営者はオーナー家から出るものと決めつけていたり、一部の情報を社長しか把握していなかったりと大会社に比べて経営に非常に近い場所にいる幹部社員でも経営者意識を非常に持ちにくい環境にあります。
そのため、例えどんなに優秀な幹部社員といえども勝手に経営者意識を持った社員に育ってくれることはほとんどありません。 これは能力の問題ではなく、意識付けの問題です。
これはオーナー会社での従業員目線でのお話なので、意外と認識されていません。

■6. 後継者の選定と後継者教育の計画について

従って、従業員への承継を検討する際には上記の環境要因も考慮して後継者の選定を検討すべきです。
すなわち、現段階での従業員後継者候補の能力・意識だけで判断するのではなく、一定期間(人にもよりますが、短くとも2,3年、長ければ5年程度)をかけて経営者としての能力(特に財務-カネ-と人事-ヒト-)を身に付け、意識を高める機会・環境を整えていく必要があります。
これからの10年、20年先の会社の未来のために、候補者に上記に関連する「責任と権限を与えてみて、やらせてみて、あえて失敗させる中で経営者としての能力を高めていく(学んでいく)」、これ以外に経営者としての能力を身に付ける近道はありませんし、これを通常の会社運営の中で実行し、いかにサポートする体制を構築できるか、環境を設定できるかが後継者教育のポイントであると思います。

■7. 従業員への承継の第一歩

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従業員への承継においては、会社の基礎となる株式にまつわる責任と権限のバランス設定、そして、これはと思う後継者候補にはきちんと社長の考えを打ち明け、会社の抱えている課題、想定される解決策、そして将来展望(後継者教育の計画含め)を開示することが第一歩です。
その上で、会社を承継する意思があるのかどうか、十分な話し合いの時間を取り、判断に必要な情報を提供し、候補者に判断してもらうプロセスを踏むことが非常に重要です。実際に、毎日のように話をしている幹部社員でも社長の本音の悩みまでしっかりと共有できているケースは非常に少ないように感じます。
是非、本稿をきっかけにしっかりとした話し合いの場を持たれてはいかがでしょうか。

執筆者

金田 慎治 氏

 金田慎治 氏